まとまりつかないので小ネタ

今月後半はしなきゃいけないことが多く、イベントも農事も他の事も同時にあるので昨日などあっちへ行ったりこっちへ行ったり。車の走行距離も昨日久々に一日200Kmを超えました。

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昨日も降っていた雨の中での配達もそうですが、この土日にしこたましなきゃいけないことあるので昨日まとめて仕事していました

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ここのちゃんぽんやラーメン好きなんです。ずいぶん前某スーパーの敷地内でやっておられたころからのファンです

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最初遠巻きに見た時何かが落ちてるのかと思ってしまいました。近くで見たら散歩中。老犬でした。犬も長生きするようになりましたね。

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この方は近所の方なのですが、こちらに来た当初電力会社に勤める方のお父さんと(故人)間違えていました。

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農家の方が直接販売するスタイル。さきがけ的存在のこのお店と言うか施設、かつてここの代表者さんとお話することありました。気さくな方で農家と消費者との懸け橋になればとお話してくださったことが印象的でした。

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大中の干拓事業も50年以上の歴史があります。妙な「縁」がありまして、小学生4年生(彦根市立城東小学校 )の時の恩師草川先生が大中の干拓事業に関する研究をライフワークにされておられ、1971年の秋、見学に連れて行ってもらった事があります。当時のクラスは全員非農家で先生は「ご飯を普通に食べているが農家の方々の努力の結晶に感謝して食べなさい」又、農家の苦労や努力は口ではわからん!百姓やってみな(やってみないと)分からん」ともおっしゃってました。やってみな分からん側になるとその苦労よくわかりました。で、そのお百姓さんってたいへんやなあ~と感じ、作文にしていた時に生まれたのが家内。お義父さんも33歳で体力気力が全盛のころで家の主となって気張っておられたのかと聞いたらなんのなんの・・爺さん(大正生まれの義父の父)が家ではぶいぶい言わしておられた時代だったそうで、当時爺さんは町の自治会長(当時は区長と言っていた)、村の事や寺の事、そして農事では土地改良のことなどに奔走していたと聞いています。

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昨日も寒かったな~

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このお店も長く続けておられ、いつもにぎわっています。

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道の駅にしては道路から離れていて利用しにくく感じます

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このお店もまるで増殖するようにてんぽが広がっているようにも思えます。雨でもこうしてお客さんが来られること思うと美味しいんでしょうね

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屋号はこの通りですが、このほかにもいろんなメニューが書かれてありました。広島の友人に聞いたことあるのですが、牡蠣って海水が少し汚れていたらその汚れを吸うというか取り込んでしまう性質があるそうで、養殖などの場合でも生食用などではいったん別のきれいな水(塩水と思う)の所に移すそうです。

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再開されたみたいですね

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こうしたお店、かつて国道沿いにはたくさんあり、それこそトラックでの運送関係者が利用しておられました。時代はコンビニなどの登場で最近は少なくなりましたがそれでもこうして繁盛しておられるのはやはりおいしいからでしょうね。かつてはよく「トラック運転手が多く集まるお店は美味しい」などと言われていました。昭和の時代、設備屋のサラリーマンしていたころ湖北にある大衆食堂でよく食べたりしていましたが、トラック運転手の中にはうまく言えないが電波のきつい無線しているのもいまして食事中も店内のスピーカーから「りょ~かい~りょうかいしました~」なんて声が聞こえてきたりしていました。こうした無線がよく入る国道沿いなのではテレビの画像が乱れたりラジオから突然聞こえたりしていました。その後ひと時パーソナル無線が流行ったりしましたがそれも携帯電話やカーナビのいろんな装置の登場でほとんどそうしたのを聞くことなくなりました。

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こうした普段見かけない会社の屋号と言うか社名見るのも新鮮です

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古物関係とでも言いましょうか今はやっておられないこの店の看板の上にある鐘を見ると、晩秋などなぜか頭の中では加山雄三さんの歌の中のセリフ「お聞き~はるかな~空に鐘が鳴る~・・・・」と言うのを思い出します

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消防車にも「回送」と言うのがあるんですね

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本日(10/14)10時からふれあいフェア―の準備などでちょい顔を出さなきゃいけないのですが同じ時刻町の会議所でと会う打ち合わせ。またまた家内に会場に行ってもらうしかないです。その後農事関係の確認事項や配りものと明日、とあることが行われるのでその打ち合わせ・・・どうやって今日も含め11月半ばまで乗り切ろうかと思っています

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 8:36:22  コメント (0)

水口かんぴょう買いに

学校給食でいわゆる地元食材を使いましょうということで昨年に続き「水口かんぴょう」を買いにjA甲賀さんまで行きました

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ほったらかしにしたつもりはないのですが、とにかく仕事が溜まりまくりスモークチキンも全くできていず昨年のふれあいフェア―には600本段取りしていたのに今年は40本・・・・どうすんの~・・・今年のチキン販売、ふれあいフェア―はあきらめています。そうしたイベントは売る売らないの問題ですが聞いていた注文はそうはいきませんのでかんぴょうの為のみに水口まで。これは竜王の風景。こちら方面の道路走るのも1年以上ぶりです

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今年「ダイハツフェステバル」に出店できず通過しながら「今年も盛り上がってたんだろうな~」などと愚痴っていました。で、今年度私の住む自治会の副自治会長さんがこのメーカー勤務しておられ、このフェステバルの話に花が咲きました。

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こうした屋号、彦根でもよく見かけていました。ずいぶん昔とある韓国系のお店に友人Y樹君に連れて行ってもらった時母国の町長さんがたまたま来日しておられ、楽しく焼肉をしたことがありました。町長さんからビールつがれて飲むとき普通に飲んでY君に「失礼だぞ」と怒られたことがありました。要は横向いてコップ隠すように飲めというんです。町長さんは国が違うんだからと笑って許してくださいましたが最初は「そんなこと知るけ」と内心思っていました。確か町長さんの事「面長」と色紙に書かれていました。大阪にいるころ同じく大阪で出来た韓国の友人と食べに行ってもらったとき友達だからと「わりかん」しようと言ったら「恥をかかせるのか」と 言って食事代出してもらったことがありました。乾杯するときも長々と「お前と俺の変わらぬ友情・・・・・・」全ての人がそうではないと思うはものの正直付き合い辛いなあと思いました

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T製作所、近所の方も勤めておられます。会社までの通勤、渋滞する時間帯など出勤するだけでうんざりなどと話しておらえました。その方とはよくお話することあるのですがお酒を召されるとなかなか陽気な方です

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こうしたビジネス旅館、旅館で思い出すのは滋賀県旧高月町に大きなメーカーの工場がありまして、40年近く前その会社の丁野(ようの)と言う所にできる社員寮の工事に行ったことがあり、突貫工事なので近くのビジネス旅館に数日宿泊したことがありました。仕事での宿泊は観光と違いちっとも楽しくなかったです。ちなみにこの高月町には数年おきに縁がありまして昭和56年の豪雪の時は高野と言う所に住んでいる友人をクロスカントリー4WDの4輪に全てチェーン巻いて送ったことがありましたし、食品卸の会社員の時は高月給食センターに寄せていただいていました。当時栄養士さんが九州のご出身でなぜか高菜油いため、ザボンなどの話で盛り上がったことがありました。その数年後は商売で国道8号線沿いにあった「ハイムーン(高い月・・・高月)」というお店に納品させていただいたこともありました。また同じく国道8号線沿いにあるD寿司と言うお店の大将はそれこそ若いころカリーナと言う車の車高を落として乗り、ぶいぶい言わしておられたころから知っていたりと何かと縁ある町です。今は長浜などにビジネスホテルなどが多くできましたし私の知る時代と違い交通の便もよくなったのでわざわざその会社近くに宿を取ってと言うのはなくなりつつあるんじゃないかな~

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第二名神が出来てからあまり混雑しなくなりました

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考えてみれば10年ほど前までここら辺、旧で言うと守山、野洲、水口、甲賀、土山とよくもまあ毎日配達していたものだなあ~それとは別に彦根市内、長浜・・・湖西方面。当時軽トラックの冷凍車乗っていたんですがガソリン代も中々のものでした。

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なんとなく「くすっ」としそうな屋号・・・好きです

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で、目的地に到着。直売所っ!

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かんぴょう購入後ついつい見てしまうのがこうしたの・・うちの営農組合もこうしたシール貼って販売時品質が良いですよっとアピールするのも良いんじゃないかな?でも、非農家の方はあまり分からないとも思うんですが

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帰路は日野から。ちんから峠を越えて八日市に向かう途中。

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今はやっておられないこの建物の中にある食堂でとんかつ食べたことがありました。記憶定かでなく申し訳ないのですが当時日野町会議員選挙か何かがあって選挙に勝つということでとんかつ弁当を大量に作っておられその関係でその日の日替わりランチが豚カツ定食だったような思い出があります。東近江市でも衆議員選挙と同時に市会議員選挙がありますがやっぱ今でもとんかつが出るのかな?

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すごいところに協会があるんだな~この競技のイメージは湖岸や海岸の砂浜イメージだけに・・・

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見えてくるこのお店は

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かつてのコンビニ後。

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で、このブログの目的の水口かんぴょうはこれ。最近かんぴょうでおなじみの地域の名が書かれている商品あるのですが〇〇かんぴょうとは書かれているものの産地が中国だったりします。このかんぴょうは水口の農家の方が丹精込めて作られた正真正銘滋賀、水口のかんぴょうです。農協もいろんな部門があり、例えばこうしたかんぴょうなら「かんぴょう部会」ってな言い方しておられるんじゃないかな?中央(全農)などになると動物などの担当がおられるそうで電話などでもそれこそ「鶏の〇〇です」ってな言い方されていると聞きました。でも「豚の〇〇です」と言うの・・・女性は抵抗あるのではと思ったとしていますが千葉の中央に勤めていた叔父に聞くと「仕事での事なのでそんなの気にしていない」との事でした。お客さんや利用者にわかりやすくするためならその方がよいですもんね。今でもなのかかつてなのかは分からないですが東近江の旧八日市市役所に「おいでやす課」ってなのがあったような気がします。分かりやすくで言いますとこうした課とか部でその長が課長とか係長の方が分かりやすいと思います。自動車メーカーさんなどGとかGLとか言っています。中には社員数が10名ほどで営業は6人ほどなのに1課2課など分けその上特販課まで作りその6人のリーダーの事「統括」ってな言い方している会社もありました。部署も名古屋にある会社など「IIG事業本部」とか「OJT推進本部」など本部だらけの会社もありました。会社もそうですが呼び方ひとつとっても面白いものがありますよ・・・と・・・これで締めくくったら今日はかんぴょうの事UPしようと思っていたのに何のブログかわからなくなりました 

 

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 8:05:56  コメント (0)

この土日までに

どら焼きを焼きつつ通常の仕事しつつ農事関係の段取りしつつふと気づいたことなどのモノローグです

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仕入先に行く途中に見かけたお店。こうした感じのお店持ちたいなあ~

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仕入先で見たこういった形の入庫状況。このトラックは20トン超えでして、大きな問屋さんお場合は仕入れもトン単位なのでスケールが違いますよね。

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最近コンビニも改装ラッシュなのかな

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庄堺公園。ここで15日にイベントがあるそうでして

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題して「フィットウィル彦根サンクスフェスタ」。私の場合この日の能登川ふれあいフェア―にも行けない状態なので「ふぅ~ん」ってな感じになっていますが

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こうした体験コーナー、小学校の同級生K出さんが行うそうでみんな活躍してるなあ~と思っています

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ちなみに我が同友餃子省の岩崎君も出店するとの事です。ちなみに名は餃子省ですが販売はプリンです

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彦根の人々はこの選手の記録、ほんとにうれしく感じています。私の友人の奥さんも彼の幼少期のころ通っていた幼稚園(保育園かもしれない)の時仕事関係でその園にいたそうなのですがそうしたことでも「縁」を感じて喜んでいます

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他人様ですがこの工房というかお爺さんがしておられた建具関係の仕事場がなくなるのは寂しいです。

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ずいぶん前にやめられた飲食店で、ここの天丼が好きでした。こうして長年やってこられた店が店主の高齢等で廃業されること最近「絶めし」ってな言い方しているそうです。能登川でも私の記憶間違いなければ昭和50年代巡礼街道沿いに「やぐるま食堂」という店があったような気がします。八日市地区でも「ハート食堂」彦根でも都市化計画以前には彦根駅前にちょっとした大衆食堂、長浜では「まんちん軒」。チェーン展開する外食に押されてやめられたのではなく店主の高齢化、後継者なし、店舗が道路拡張等で立ち退きになったのを機会に廃業などいつまでもあってほしいお店がなくなるのはほんと寂しい限りです。私は建物は安普請でもいいので皆さんに好かれる店をやってみたく思っています。ただ、地域性のあるので一言ではコンセプトもお話しにくいですが飲食店はこの数年間減りっぱなしなんですよ

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 12:54:18  コメント (0)