春本番・・・かな?

昨日今日と気温高く春なのかな?ってな感じでおります寛珍です。先日のイベント出店後、とりあえず昨日は後片付けと農機具の整理などしつつ今日も「あいも変わらず」仕込んでいる寛珍です。

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奥永源寺渓流の里という道の駅からのお誘いがありましたが土日に向け仕込みが出来ず在庫関係で出店見合わせました。

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また、こうした商談の案内なども来て嬉しいのは嬉しいのですが今度は距離的に遠く、夫婦二人がやってる「しょうびん」な商売している私たちではとても対応できるとも思えず、その「商談」が目的で行くのもちょい遠慮させていただきました。ちなみに後日またお知らせしますが今月末の金曜30日、「満月マルシェ」に出店してみたく思ったりと昨年の反動で近場ならばあちらこちらに顔を出そうとしている寛珍です。それでもその月末の土曜日はうちの町内の「西郡(にしごおりと読む)神社」の祭りやらで中々全て仕事にばかりとはいかないもんです

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これは役員の書類などが来た時に入れるポストなのですが、今年は「特別農事委員」ってな役でして、いわゆるアドバイザー的な立場なんです。でも昨年はこのポストにしこたま書類がきていたので今年はどれだけ気が楽か・・

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農協の直売所「菜々笑」さんから見るJA東能登川本所。この数週間この建物の中に入っていないんですが、これまた問い合わせ内容もないので気が楽・・楽・・楽

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米原にあるとある工場に勤めておられた方の退職に伴い部署の方々に配る「どら焼き」を届けた帰り道、JRの線路をまたぐようにかかっているこの橋なのですが

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昭和40年頃は車も渡れたような気がします。それこそ国鉄時代の話しです。この国鉄が民営化されて31年経ちますが私の知り合いも数多く国鉄職員だった人がおられます。当時は郵便局職員と同じく「国家公務員」でして特に国鉄職員の場合いろんな「特典」があり、本人はもとより家族も乗車賃がいらなかったりしました。私は電車がすきで鉄道マンにあこがれていた時期もありました。JRになった現在も鉄道マン、特に電車の運転手は今もあこがれがあります。ちなみにうちの自治会長は定年間近には快速電車の運転手しておられましたが若かりし頃は「ブルートレイン」の運転手されていたりしていたそうで、聞くお話から「旅のロマン」まで感じました。考えてみれば好きで仕方ない仕事につける人ってそうないもんですね

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このお寺、私の実家もここのお寺の檀家です。ここの住職は日野から来られた方で、先代の住職は「後藤田正治」さん風の方でした。現住職は今もそうですがとにかく色が白くメガネかけ、きりっとした目の方で来られた昭和50年代、例のグリコ・森永事件でのモンタージュ写真にあまりにも似ていました。祖父の葬式の時の盛り籠の中のお菓子、母が冗談で「このふたつのメーカーのを見える位置に飾ると気を悪くされないだろうか?悟られないだろうか?」ってなのを話していたのを思い出しました。母が一度笑い話でそのこと聞こう(よく似てるって言われませんか)なんて言っていましたがその母も4年前に他界したので全ては闇の中・・・と・・・書いたら誤解されるどころか怒られそうですな。このグリコ森永事件、滋賀県警は大変なミスを犯したと(取り逃がし)報道されていますがうちの近所の警察関係の方に言わせれば大阪府警からの情報提供もなくひどいもんだったそうで、このことが原因による警察官の焼身自殺まであったそうで滋賀県警・県民としては後味の悪い事件だった記憶があります。ここからはまた冗談なのですが、当時勤めていた会社の大津営業所にこの事件後キツネ目の方が入社してこられ、彦根の社員だった私やきりちゃん、しばちゃん達は「入社のタイミングと大津の土地勘ありすぎ」などと面白おかしくドラマを作っていたのも思い出しました。

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鳥居本駅、私の祖母が鳥居本出身でして、よく親戚の家に行くとき近江鉄道を利用していました。親戚での用事が済んだりし、おっちゃん(祖母から言う甥にあたる)がいるときは車で送って下さったのですが、仕事とかで不在の時は帰りもこの駅から電車で帰りました。当時は駅員さんがおられ夕暮れ時などプラットホームの裸電球に明かりがともり、妙に幻想的でした。映画「となりのトトロ」に出てくるワンシーンのようなイメージです。まだ回りにこれと言った建物もなく米原からくる電車の光が遠くから見えその光景も幻想的でした。 そしてやってきた電車、停車するとまるで吊り下げられたようなモーターがガタガタガタと言い出し笛の音と共にドアが閉まりゆっくり走りだしました。幼い私は彦根との間にあるトンネルまでについウトウト、彦根駅につき祖母に起こされるのがまるでお決まりのようでした。その祖母の33回忌が今年あるのですが父と相談し来年母の7回忌と一緒にしようと思っています。

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 22:42:39
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