自由奔放に生きたい

この数日この日のこの時間にはこれを、この時間にはあれを、それが済んだらここに行ってと極端なこと言えば仕事だけでもさせてくれとかんしゃく起こしそうな毎日です

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昨日もとある会議。その後は

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K山さんととある作業

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帰宅して業者さんと打ち合わせ。それが終わったと思ったら

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圃場へ。気になるのか気が小さいのか出て作業してくださっているのに自分はのん気にと思われていないだろうかなどと極端な気を使いつつ戻って自治会関係者ととある打ち合わせ。

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見にくく申し訳ないです。26度・・・

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夏のようです。

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40年近く前にこの付近にパチンコ屋さんがありまして、当時花屋さんでアルバイトしていた私は開店に合わせ花輪を並べるアルバイトしていました。こうした開店に合わせた仕事したりした思い出もあり、私は得意先などの開店などに花を贈るようにしています。当時バイトしていた花屋さんは今はないですが今住む町の花屋さんを通じちょくちょくめでたいことに送らせてもらっています。一度「失礼」な扱い受けたことがありまして、京都の問屋さん仲間が新社屋落成したので私は彼らから言う得意先ですがめでたいからと高価でこそはなかったですが送らせてもらったんです。その会社の社長はお会いしたことないですが当時2代目、落成式には結構高価な花が送られていたと聞いていましたのでちょっぴり恥ずかしかったですがま~いいやと思っていたんです。お礼の電話もないのでかまってももらえないんだろうなと思っていたのですが数か月後私の担当が「こんな会社辞めてやる」と退職するとき私に「実はね、あの時のおたくが送られた花、社長が便所の一輪挿しにし、屋号が書かれたりしたのは送られて来たのと同時に捨てられたんんですよ」と聞きたくないこと聞かされたことがありました。それを見た従業員たちいづれ私たちもあのように「ぼろ雑巾のように」捨てられるよと話が広がりその年6名が退職したらしいのです。私の前いた会社もハードだったし今でいう「ブラック」だったかも知れないがこの会社ほど社員に対してひどい扱いする会社もないといろんな話聞くたびに思いました。元々その会社の先代の社長の奥さんの弟、すなわち義理の弟さんとの付き合いもあり取引続けてきましたが引退されてから対応も何もかもがひどくなったので取引やめました。

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芹側沿いのこの風景、好きです

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この付近には小学校のころの友人「幼馴染」が数多く住んでしますし住んでいました。芹川付近のこの地域は城東小学校を中心とすると南側になり、私は彦根駅前でしたので北側で小学高学年になるまであまり交流なかったですが5年、6年になると自転車であちこち行くようになりこの町の細い路地など通って友達の家によく遊びに行きました。

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夕方の納品は「餃子省」。ちょっくらここでコーヒー飲んで一服と思い、準備中なのに勝手にお邪魔

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店内で話さず

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縁側でいろんなことああでもないこうでもないと世間話。飲食店での風景というよりただの友達の家で話しているようにしか見えませんわな。こうしたふと一息つけるのが唯一の「休憩」です。たまに能登川に戻るといろんな「せなあかん(しなけりゃならないこと)」ことがあり憂鬱になります。

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 8:16:11  
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