あれから数年

商売して間がないころからお世話になっていた方が数年前他界され、法事に使うからと家の方からどら焼きの注文をいただき届けに上がりました。

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よく買いにも来て下さり結婚して間がないころなど「百姓・・・出来るの?」と心配までしていてくださいました。その家の周りもこのように住宅開発が進んでいるなんて今ご存命だったらどう思われるかなあ~ 

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転作の麦の圃場に撒く「土壌改良剤」とでもいうべきもの。水稲の場合の土質は酸性ですが麦はアルカリ性の土なので性質を変えるための散布です。実はそのお世話になった方、若いころは某農協に勤めておられ、結婚なされてとあるところにご家族で住んでおられた関係でこうした転作のことなどもよく知っておられ、それがゆえに農業未経験の私に出来るだろうかと心配してくださっていました

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そんな能登川もどんどん風景が変わってゆきます

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その方のところまで行く道中に見た景色。近江八幡市内のとある学校。以前ここに養護学校がありました。今は別のところに移転しましたが当時給食物資のの納品でここから入って左側からぐるっと回って厨房にお邪魔していました。

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コンビニの後にこうした美容理容関係のお店が出来たりしますね。こうしたお店の壁ってALC(エアライトコンクリート)が多かった時代ですね 。ちなみに現在は

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こうしたタイプのが多いようにも思えます。失礼な言い方ですが以前のタイプに比べてちょい安っぽくも感じます

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ずんずん走らせていると先ほど移転したなんて言っていた養護学校の看板が見えてきました。この学校は県内養護学校で最大の規模です

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とある街角を通り過ぎた辺りにあるそのお世話になった方の家。平成3年のあたり、色んな食材を買って下さり届けに伺った時、場所が分からなかったのでこのシャッターのお店の前で待っているからと待ち合わせしたのが昨日のようにも思えます。いろんな意味でどら焼きの製造販売を続けているといろんな思い出も積み重なってきます。私がどら焼きも始めたと伝えたら近所の方にも宣伝しておいてあげるからと言って下さった当時の笑顔を思い出すと家の方に話したら「世話好きの母さんらしい」と言っておられました

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 3:57:40  コメント (0)