水口かんぴょう

年一度某学校で「水口かんぴょう」を使った料理が出され、そのかんぴょうを買いに水口まで行ってきました。

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旧八日市エリアから国道307号線をずんずん水口方面へ。このホテルも名は変わりましたが今も運営されているみたいですね。この坂、中々急で雪の日など難儀したことがあります。この坂超えた辺りにある工場のの給食の食材を納品させていたころを思い出しました

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そのメーカーを超えた辺りにあるこの協会、浜辺とかのイメージが浮かばないですが、素人の私から感じるに 「妙なところのに協会があるものだなあ」と思いました

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以前にあったレストランあと。この近くにたしか細川雄太郎さんの有名な動揺が書かれた石碑がったように思います。「あの子はだあれ誰でしょうねえ~なんなんなつめの・・・」の歌で、知っている方は知っておられることと思います。当時幼いころ細川氏が過ごした日野町の事を懐かしんで作られたとも聞いています。また、最初は「泣く子は誰」というタイトルだったらしいのですがそれでは暗いからとあの子はになったとも聞いています。

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日野町内に入って目につくのはこうした大衆食堂の大きなお店が閉店されていたりです。

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日野の町中ではこうした和菓子屋さんがあちらこちらにあります。パイン大福か・・

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日野町内もいろんなことで地元を盛り上げようとなされています。ちょっと先日のイベントでお邪魔した五個荘と「近江商人つながり」で似ているようにも思います

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日野から旧バイパスに向かう手前の日野の町の最後の方の風景。どこにでもありがちな風景です

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この長いテナントに知り合いうが店を出していたことがありました。今から思えばよくここまで2日に1度それも早朝配達していたものだと我ながら若かったなあ~と思ったりしています

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南比都佐(ひずさ)の風景。昭和50年代にこの辺りの学校給食で配達したりしていました。この辺りの小学校の厨房、嘘みたいな話ですが使わなくなったとはいえ「おくどさん」がまだありました・・・これ・・・ほんとです

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んなこと言いつつ農協の直売所に到着

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毎度のごとくこうしたのが設置されています

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なるほど・・・このネーミング・・考えたものだなあ~

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そして目的のかんぴょうを購入して帰宅しました

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 13:00:15  コメント (0)