春みたいな

今日など春近い時のような気温でしたね。気になるの来月行われる三重県はいなべ市で開催される「梅まつり」でして、2年前のイベントの時は梅が散ってしまった後でしたので悲惨だったことがありました。梅に限らず桜祭りなどいわゆる植物ものは開花時期ずれたら何とも言えない閑散としたものになってしまいます。

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手広く事業を展開されているこの会社、虎姫にて量販店をされ始めたころよく買いに行かれる方が多くいらっしゃいました。それから瞬く間に各地に店舗を展開され私の住む能登川にもできました。色んなチェーン展開されることが普通の現在ですがその分「地元ならでは」ってなのがなくなりましたね

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多賀駅付近の様子、この近くに友人知人、そしてお世話になった方などがおられます。幼いころおばあちゃんと「お多賀参り」に行ったときなど駅で待っている間駅構内をうろうろして止まっている電車や貨物車見てました。この鉄道会社は1974まで貨物運送もしていましてゆっくりと入る電気機関車など見たりしてはしゃいでいました。時間の流れがゆっくりだった古き良き時代の思い出です

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彦根市内日夏町にあるこのお店こそ「気になるお店」です。何度となく寄ろうとは思うもののタイミングがつかめなくって・・・

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先日紹介したお店、大繁盛しています

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場所は特定できないですが、この近くに30年ほど前居酒屋さんがありまして店主が高齢のため廃業されたときいわゆる「居ぬき」で入った人がいました。屋号も何もかもそままだったので前の店主が経営していると思っていた人もおられたみたいなんですが、とにかく手抜きが過ぎ、以前は市場から魚を買い付けてさばいておられたのですが変わってからスーパーで刺身を買って皿に乗せかえるだけとか、上がっている看板の酒ださずに安酒出してみたりで徐々にお客さんが「あれっ?おかしいなあ~」と気づき半年後には誰も来なくなったということがありました。仕入先とのトラブル(未払いなど)もよくあり、こんな私にですら「君の食材買うから」と電話してきたりでした。販売するが現金引換えと申し出たら「あほなこと言うな!こんなんお互い信用のものちゃうんか!」と怒鳴りつけ、挙句に「銭金の問題やないんやぞ!」と現金取引と言われたことに激怒していました。海千山千の彼の事、こういう時に「誰かわしの支払いの事でも言うてるんか?」と聞くが一言でも話したらその会社に今でいう守秘義務を怠ったから支払いは伸ばすってないいがかりをつけることが予想されたのであくまでも私と彼との商談と言う風に話を小さくしておきました。個性的と言えば個性的な人でした 

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このお店の隣に飲食店が数店舗あり、その中のお寿司屋さんに親戚と行ったことがありました。みんなわいわい親戚も私の方の親戚なので気を遣うこともなく楽しめました。同じ料理でも楽しく食するか気を使いながら食するかで感じる味も違うんじゃないかと思います

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C&C(キャッシュアンドキャリー)のアミカさんも改装されるみたいで看板も取り替えておられました。このJFDAと言うのは全日本外食流通サービス協会の事で日本フライングディスク協会の略だそうです。この代理店でもあるこの店舗の親会社は手広く卸をされている会社で私共もお世話になっています。この社員さんでJFDAブランドを強く勧める方がいらっしゃり、商売仲間から「JFDA(ジェフダ)の商人」なんて言っていました。彼は中国産のものが安いからとよく私に勧めてくれていました。私は「チャイナフリー」と言ってあまり中国産を使わないので中国産とは接点がなかったのですがなるほどとにかく安い事だけは言いえてるなあと思っていました。彼、誠にユニークと言うか面白い男であまりにも偏った産地を紹介ばかりするので彼の取り扱う品を「人民食品」なんて言ったりしていました。で、冗談で「君は毎日人民日報を読んでるんじゃないか?」と言ったらユニークな彼「違います。新華社通信です」と切り返されました。なるほど当時冷凍の野菜でも例えていうなら国産里芋の冷凍がKgあたり800~900円していたのに対し中国産なら140~220円(平成5年当時)と価格に開きがあり得意先の原価率のこと思えば勧めたくもなるよなあ~とも思っていました。卸売りの会社の営業マンも当時は個性的なのがしこたまいました。悪さするのもいまして、仕事する気がないからと一日中パチンコに行っていた人、得意先の喫茶店に訪問したついでに店の中でコーヒー飲みながらずっと漫画ばかり読んでいた人、中には私に「会社の余剰品買ってくれ。しかしながら領収書や伝票は発行できない分安いよ」といかがわしい品を持ち込んできた人(多分横流しだったと思うので断った)、極め付けは研修施設の女風呂除いて見つかりそうになったから逃げる時に手を何かで切って血だらけでいた経営者など管理されている現代のセールスからは考えられない時代でした。私がいた会社で営業車に「タコグラフ」を取り付けられ、逐一監視される事に腹を立て友人の自動車整備工場から業務用のジャッキを借りタイヤを6時間ほど空転させて会社に戻り「このタコグラフおかしいです。こんなデータでは私は6時間も停車ひとつしていないことになりますよ」とまことしやかに報告してタコグラフ取り付けを廃止させたことがあります。無茶なような楽しかったようなよき時代でした。

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 19:04:28  コメント (0)