出かけないと・・

今日は一日中仕込みなどしていました。起きたのが早朝4時過ぎ、そんで休憩や食事はさんだり休憩しつつ今しがた終え、稲刈りから何も片づけていなかった農作業用のいろんなものを片づけたりしていました。出かけないとこれと言った写真撮ることもないです

dscn0588.jpg

倉庫全体を写したらきちんと整理整頓しておられる皆さんから呆れられるので一部を写しました。片付け作業しつつ昔お世話になった方を思い出したりしていました。その中に元々農家の方で農閑期に店をし、結構繁盛していた方がおられ、彼女は平成元年当時60~70歳くらいだったと思うんですが若々しい方でした。商売柄化粧などもばっちりされて若い方の話しにもついて行ける当時流行りの「ナウい」人でした。でも彼女、今にして思うと昭和一桁が大正生まれだっただけに時より年齢をうかがわせるワード(言葉や単語)が出てきて古い話ついて行ける自信ある私でも「?」と言うのがありました。「あなたのような若い人だったらビフテキなんかが好物?」と聞いたり、テレビの画面(モニター)の故障したときなど「テレビの受像機が故障して・・・」とか 私は漫画読んでいてよく父親に怒られたなどと言ったら「うちもよくポンチ絵なんて見てと怒られたものよ」とピンとこなさすぎるワードがふんだんにありました。湖北の方で方言と言うか言い方も彦根生まれの私が使わないワードがあり、手品のこと「てずま」、来られたのを「ごんしゃった」なんて地域の特徴盛りだくさんの方でした。私の実の祖父も長浜市は八条町出身で、鳥羽上町にも従弟がいたりと方言そのものには抵抗なかったですが世代ギャップだけはひそかに感じていました。特に中学の頃、鳥羽上町にいるいとこと夏中(げちゅう)さんに行った思い出話したら「あんたら新中のころやったらまだ13~4歳くらいやわな」と言われたときその新中と言う意味が分からずにいました。要は新制中学の事で昭和6年くらいまでは旧制中学があり、その区別のために使われた言葉と後で知りました。それがゆえこの新(しん)を神の「しん」と思い込み神照中学がか何かと間違われているんかと「私はしんちゅうじゃないよ」と言ったら「ほんなあほな」と言われたことがありました。その方の法事用(多分17回忌か25回忌くらいじゃないかな?)どら焼き加工し終え、箱詰終えてふと思い出しました秋になるとセンチな寛珍です

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 21:04:28  コメント (0)