みなさんはお盆

みなさんは明日からお盆休みに入られることと思います。私はこのお盆には仕事やなんやとせねばならないことがあり、その準備や買出しなどで彦根近辺うろうろしていました

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やっとこさスモークチキン用桜のチップが届きました。業務用なので15Kg袋とでかいんです 

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最近は事故を防ぐという観点からこのような説明が書かれてあります。

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今日は包材などの購入は彦根のパッケージプラザで買うことにしました。近江八幡のパッケージプラザは「オリトメ」さんが経営なされていますが彦根のこのお店の場合は「ヒコハン」、すなわち旧社名「ハン六」さんが経営なされています。ちなみに私の友人ニックネーム「まさろく」もこの近くに住んでいました。今は東京での事業が成功し裕福な生活していると聞いています。彼が成功するんじゃないかと思ったのは20歳くらいの頃でして、理由はとにかく福耳、こりゃ財を築くんじゃないかと思っていました。そういった意味からか彼は耳がでかいので「耳六」ってなこと言われ、そこから名の一文字とって「まさろく」になったとの事。知らない人は「ハン六の裏に住んでいるからなんじゃないの?」と面白いこと言っていました dscn9980.jpg


そのパッケージプラザの隣にお引越しされたのが「近江同盟新聞」でして、以前は立花町にありました。小学校の頃からよく知っていまして、小学校の頃武道していてその顧問だったのがこの新聞社のE埼先生でした。大変よくしてもらいました。ちなみにこの方の娘さんと結婚なされたのが彦根市内のお花屋さんの大将で、学生のころそのお花屋さんでアルバイトしたことがありました。縁って面白いものでその大将の息子さんが就職した先が彦根にあった雑貨問屋さんで、他界した友人「がっさん」の部下でした。商売し始めたころによく「ライポンF(だったと思う)」を配達してくれていました。そんで彼のお父さん、すなわち花屋の大将がなくなられたときにどら焼きを注文いただいてっとじゅんじゅんにめぐる縁を実感したりしていました。この新聞、そういう意味ではこうした縁の「もと」なのかもしれませんね

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店から見る昔風のいい方で「昭和新道」、この通りもなんだか懐かしくさえ感じます dscn9982.jpg

懐かしい理由はわたしが以前在籍していた会社があるからでして、私が入社した当時は会社が分裂し、出て行った会社が大津で新しく会社を立ち上げ激しいシェア争いしている真っ最中でした。その出て行った側の会社も今年で33年、時のたつ速さを実感しています。私は商売して30年目になりますが、スタートして2週間ほど経った時この会社の経営者ご夫婦が家に来られ、「大津の会社と競争してほしい、仕入れ面等こちらで面倒見るから」と言われたことがあります。実入り(収入)少なくリスクの高い内容でした。社長の奥さんが「な~骨は拾うたるさかいに」と言われ、また社長は「あんな奴の笑うとる姿見とうもない」とお話聞いた時、私は映画「仁義なき戦い」に出てくる金子信夫さんと春川ますみさんを思い出してしまいました。色んなことありましたが全てひとまとめにして懐かしいの一言です。

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旧彦根西高の校舎。少子化と言うのがこうした形でだんだん現実化してゆくんだろうなあ~

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この建物も名が変わりましたね。最近は言いにくい名の賃貸物が多く、まるでロシア語の「ダスビダーニャ(さようなら)」ってな感じの名がつけられていたりしてふるさと寄付などで住所を宅配業者さんに伝える時2度聞かれたりします。でも数年前失敗したのが伝え方間違いしたことで、お義父さんが老人クラブの役員の何らかの発表会でやわらぎホールに行かれたとき役員さんが留守中来られ「どこに行かれた?」と聞かれたのであいにくここにはいないという意味で申し訳なさそうに私、間違えて「すみません、今安らぎ(葬儀場)の方に・・・」と言ってしまったことがあるんです。また聞き間違えと聞きなれない言葉でおお間違えしたことありまして、親戚の子が泣きながらうちに来るので何事かとその後ついて来たお母さんに聞いたんです。「へんねし起しはったんよ~」と言われたんですが、この「へんねし」って聞いたことなかった私は聞き間違え「ヘネシーこぼしはった」と聞こえてしまい、そりゃ高級なお酒もったいないですわな。しかしそれくらいの事で叱責してはいけないですよ。と思っていたことがありました。また、10代のころバイクにペイントしたりしたのが流行り、スイカの模様書いたりサメが牙むく絵を描いたり中にはよろしくを当て字書いたりしていたのもいました。で、私や友人はそういったのをしなかったのですがその手の連中は「お前のタンクは何かしてるんか?」と聞かれたとき何もしていないので「ありきたりのタンクや」と言ったのですがあほな彼ら「お~いっ!有田焼のタンクやて~こいつら根性あるわ~こけたら最後の命知らずや~」・・・こういうあほとはかかわらないよう何も答えずにその場を去りました。ま~人のこと言えないもんで田んぼの境目にある畦畔ブロックを「京阪神ブロック(株)」でもあるものと思っていたくらいですから・・・ 

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 21:07:24  コメント (0)