久々の国道1号線大津方面

かれこれ1年ぶりに国道1号線から大津へ行くことがありました。その道中でのモノローグです

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草津辺りまでは湖周道路からと車走らせていました。連日の高い気温、まるで7月のようです。

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草津湖岸道路沿いにあるこのお店、以前はコンビニでした。

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町のこの「ごちゃごちゃ感」が好きです

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この建物の二文字は教団名です。「パーフェクトリバティ」の略で、完全なる自由と言う意味だったと記憶しています。大阪の泉州にあるこの本部は花火など有名で、大阪にいたころ見に行ったことがあります。ちなみに高校も運営しておられスポーツでも有名でした

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この建物、よく見ると公の運営する図書館などが入っているんですね

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この手のお店、10年くらい行ったことないです。

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本日オープンなんだって。

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向こうに見えるのは彦根に本社を置く県内に本社を置く食品卸売会社としては最大最強の問屋さんの大津営業所です。この会社の素晴らしいのは何度かお会いしたことある社長さんが自ら頑張っておっられることでなおかつ社員さんに対する思いやりと言いましょうかあちらこちらに目を配り働きやすい環境を作っておられることです。他の会社、そうでもないところが多く名は伏せますが社長の日課がかんぽの宿の温泉に入りに行く事だったりこれが社長の仕事だと言って気の合う仲間と遊びに出かけてばかりだったりひどいのになると高級車(それもかなりの高額)に乗ってゴルフに行き、出かける前に社員にその車を洗車させたりと言うのがありました。もし私が学校出てこの写真の会社に就職していたら他のこと考えずに定年まで頑張っていたんだろうなあ~

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最初この看板ふと見て「ちんもたい」と読んでしまいました。ちゃいまんがな「賃貸も」と書いてあるんですね

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オートバックスがあちらこちらになかったころ、この店まで自動車部品買いに来たことがあります。

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町のメロンパン屋さんはおしゃれだなあ~

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1階がマックで2階が回転寿司。2階の回転すし屋さんで食べようと店に入ったのですがホールの店員さんが1人で奮闘中で、お客さんもかなりの人数だったのでここはあきらめて近守山の別の回転すし屋さんに行ってみました。そこも同じくホールを一人、人手不足からお客さんが会計終えられた後の片づけも出来ず状態。タッチパネルは「しばらくお待ちください」状態なうえ入店した時25分待ちだったのがその1分も経たないうちに私の後にお客さんが来ていないのに40分待ちになったのでこりゃだめだとこの日は回転すしそのものやめて帰りました。とにかく人で不足が深刻なようです。私の感想ですが飲食店や卸の会社の小さな会社でよく「家族的」とか「アットホームな」と言う経営者がいますが働いている人が言う分にはなるほどと思いますが経営者が言っている会社はたいがいそうでもないところが多いと思います。アルバイト学生を大事にそれこそ「親御さんからお預かりしている」と言うお考えのお店で思い出すのが彦根のS成さんで、当時アルバイトしていた滋賀大学生が大切にしてくれたと何十年経っても話していて彼が就職決まった時など社員全員が彼のためにお祝いのパーティしてくれたそうです。その逆にとあるお店の大将は「替わりはいくらでもある」が口癖でした。現在Sさんは繁栄し、もう一方は・・・お分かりかと思います。銀行員だった実父がよく「小さな会社は経営者の人柄が売り上げと結びつく」なんて言っていましたが私もこの年になりよく分かるようになりました。

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 6:09:46  コメント (0)

びっくりした~

いつものように冷蔵庫の扉を開けようとしたらドアごと外れて大慌て

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扉の蝶番(ちょうつがい)のような部分ごと裂けるように折れ、とにかく開閉できない状態になりいそいで業者さんへ電話

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なおしていただきほっとしています。普通の扉と違いこの手のはドアが開閉できなかったら冷気が逃げて冷蔵庫の役割が意味なくなってしまいます。ほんと緊急事態にすぐ対応してくださる「坪田冷機」さんには感謝です

 

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 19:44:08  コメント (0)

見たものを綴るだけに

ずっとこうしたブログしていると見たものにコメント入れることが多く、自分では無難な言葉使いしているつもりですが長年私のブログ見て下さっている方から「昨日のブログは中々荒いコメントでしたね、あの投稿内容から怒っているのかなと思った」などブログ内容を分析しておられる方も現れました

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昨日より10度も低いです

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こうしたお店も定休日があるんですね

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この看板見るたびに串カツ屋さんとモンローの関係、なんで?と思います

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こうした自覚もつようにすることはいい事ですね。社名についてよく思うのですが、例えばわれら食品業界でおなじみのキューピーですが、正式にはこのユは大きいんです。他、キャノンなんてメーカーもありますが多分このメーカーもヤは大きいはずです。こうしたのって他の会社でも多いですよ

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この施設も改装中みたいです

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35年前設備関係で現場でこの会社の人と仕事したことがありました。県内最大級の会社でその方も自分の会社に誇りを持っておられました。ただ、いろんな建設会社と違い妙なワード(言葉)が出てきていたのが印象的でした。「じきわか」・・・など・・・

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以前は県内いたるところにこの屋号のお店ありました

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こうしたトンネル走ると三重県との間にある「石榑トンネル」を思い出します。

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地元の人の熱意がこうした看板に現れていますね。で、奥琵琶湖パークウェイって現在開通してるんだっけ?

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こうしたマリンスポーツ、かっこいいなあ~かつて居酒屋経営で羽振り良かった時の友人「しゅ~」がこうしたのを多数保有し、毎週楽しんでいました。2人乗りで150馬力くらいのを所有していたようなこと聞いたことあります。我々の世代は馬力至上主義のような世代でもあり、車でも昭和の時代の走らない車の時、せいぜい120馬力くらいしかないスカイラインをエンジン積み替えたりいろんな事して180馬力(今じゃノーマルファミリーカーでもこれくらいの馬力出てる)を出したとかが自慢でした。当然現在ではそんな手を加えなくとも新車2000ccで300馬力なんてのもあるので手を加える必要そのものがないですわな。

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前を走るのは油脂販売でおなじみの会社です。ご近所にもこの会社にお勤めの方がおられ、今年度はの農業関係の役をしておられ、公私ともに多忙と聞いています。彼はこの車でなく2トンクラスの冷凍車に乗っておられ、大きなのに乗ることに対してそんなに抵抗ないみたいです。

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南彦根西口にあるこのテナント募集の、かつてここに喫茶店があり友人「まちゃ」とかがよく休憩に立ち寄っていました。マスターが病気で他界され、その後店を閉められたのですが居心地よい店でした。こうした状態に寂しい限りです

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彦根駅前のとある場所に彦根でも有名な中華料理屋さんがあります。お決まりの「かつて話」ですが、32年前食品卸売会社に在籍していたころそのお店と取引したく上司に取引先訪問許可を願い出たんです。当時在籍していた社長と奥さんは「大きな店だからどんどん紹介しなさい」と励まされました。しかしながら許可下りた直後知って気になったのがその会社から仕入て販売する「2次問屋」の存在をどうすればよいかでした。この店にも出入りしているので 今回はやめようと思っていたところ社長夫婦から「何らかのときは私らで話しつけたげるから」とも言って下さったので新規獲得に乗りだしたんです。1週間ほどして当然のように2次問屋「T」さんからどういうことなのかと問い合わせ。その時社長夫婦は「若い子が勝手にしたことで知らなかった」の一点張り。私は結局「T」さんの営業所に謝りに行くことに。Tの彦根所長「君も辛いだろうね~新規開拓、上司の指示がなければ動けないのに全て責任を君に押し付けるなんて」となぜか同情。例のスポーツでの出来事と同じで当時取引先訪問許可まで出していながら知らぬ存ぜぬ、大量注文が出る時にはごますり先輩に担当替え、理由は「あそこの料理長さんからお前ではだめだ」とのクレームがあったとの事。努力、実績、信頼とか評価しないこの会社など辞めてやれとその時思ったんです。ちなみにお前ではだめだと言っていたとされている料理長さん、後から「そんなこと言うはずないじゃないか」とその作り話している夫婦に不快感を示してくださいました。ちなみにこの料理長さんが独立されてから約30年、ずっと私共から食材を購入していただいています。辞めてやれと思った時引き留めようとしたのがM君でしたが「寛ちゃんの会社への貢献の仕方が悪かったんじゃないか」と言うので「Mちゃん・・・明日は我が身やぞ」と腹立ちまぎれもありましたが言ってしまいました。そのことがあってから時は流れて4年前、彼は突然会社を辞めたのには驚きました。でも私は「少し決断が遅すぎたんじゃないかな?」とも思っています。で、不思議なことに当時のこと思い出してもあまり腹立たないですし面白おかしく思い出として「ワンセット」として懐かしんでいます。後10年ほどしたら自費出版でこの時のことなど書こうかと思っています。 

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 19:29:46  コメント (0)