んで・・・続き

昨日昼からの湖西方面の配達、久しぶりに仕事に集中した一日でしたし一日2回投稿もかれこれ8年ぶりくらいです

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農業関係での役をもらうといろんな方々との付き合いも生まれます。この町の方々とも会議や説明会などでお話することあり、いろんなこと聞かせていただき勉強になります。

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昼2時手前、近江八幡付近でやっとこさ20度越えた気温

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どら焼きの材料仕入に行く途中見かけたとある店舗前にとまっている冷凍車。大津ともなれば他府県からの業者さんの数も多いなあと感じます。1985年、彦根の問屋さんから独立した方々が大津で卸売りの会社を立ち上げられた時彦根の会社が全力でつぶしにかかった時期がありました。その時彦根から大津に得意先を獲得しながら向かうルートが二通り考えられ、国道1号線から大津に向かうルートと琵琶湖大橋を渡って161号線から大津に向かうかどちらからくるのかが大津で立ち上げられた会社の方の最大の関心事でした。と、言うのも彦根の会社から大津に向かう際当然セールスしながら向かうので得意先に同じように顔を出す必要がありますが、1号線、161号線のふたつに向かう人員と車両が不足している大津、当時社長の片腕と呼ばれていたY田君は本当に悩んだと聞いています。社長に判断仰いだ時「彦根は161号線からくる」・・・これが後の名言となったとの事です。まるで東郷平八郎が秋山真之にバルチック艦隊が日本海側を通ると言い切った歴史上の事とダブります。実際1985年当時は1号線が混んでいるので大津からならまだしも彦根から大津に向かうのには時間的ロスが多かったのもそう判断した理由だったそうです

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別にお話しありません

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よく利用させていただく「ママパン」さん

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一般の人に混じっての購入。このママパンさんを運営する会社戸倉商事さんとも連絡取れないことないのですが持ってきていただくにしては量が少ないので私は買いに寄せてもらうことにしています。あんこ、小麦粉などどうしても従前からのお付き合いさせていただいてる方いるのでどうしてもね・・・でも、そのあんこ仕入れている先の会社、よく人が辞めるんです。先日もあんこ頼んだら担当者が退職し、これで私の担当4人目

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滋賀県産の小麦粉。品種は何なんやろ?

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ここのガソリンスタンドもやめられたみたいです

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魅力ありそうな店なんですが中々行けず・・

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何らかの事情で今はお休みみたいです

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生協関係のお店についての案内看板。生協と言えば各グループを作っての配達というか彼らの言葉を借りると「供給」しておられますね。 ひところに比べこの団体さんの配送トラック見る回数が少なくなったような気がします。考え方や思想などは別としてこの団体さんは「生協法」に守られた団体の割には過疎地や「共働きなので夜に」というリクエストにはこたえてくれにくいとも聞いています。また、コンビニが多くできそのコンビニも配達などし始めたしで従前通りの運営では今後如何なものかと思ったりします。彦根にかつてスーパー風のお店が出来たことがありました。驚いたのは「いらっしゃいませ」とか言わないしお買い上げ有り難うございますの空気などみじんもなくまるで旧ソ連か中国の国営のお店にでも入ったような感じでした。一度そのことについてUさんという職員さんに「お金出してもの買ってくださる方には頭下げたりしないの?」と聞いたら「俺たちは商売してるんじゃないから」と言われました。商売じゃないなどとはなから思っていたからあっという間にそのスーパー風のお店も撤退したんじゃないかな? 

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 22:26:31  コメント (0)

一日仕事したら・・・

昨日は甲良→多賀→彦根市内→湖西ってなコースでの配達し、帰宅して仕込みなどして一息ついているうちに寝てしまい気が付いたらこんな時間・・・「たまに」一日仕事したらこんなあんばいです 

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出る前に目を通していた書類。11月3日の「東近江物産まつり」の打ち合わせ等・・・なにも出来ていない・・・まずい・・・

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この近くに住むま~さんの息子さんともお話させていただき荒堀、土用から行うので宜しくとの事でした。

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甲良町内にある学校への納品途中踏切で見た近江鉄道。彦根駅前生まれの私はこの電車など見るとなんだか落ち着きます

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胡宮(このみや)神社近く通ると昔サラリーマンしていた時よくここでさぼっていたのを思い出します

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思い出したくはないのですがここも母の葬式以来行っていないです。あまり行くところと違いますがね

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大君ケ畑より先がってな電光掲示板。やまかんとか元気にしてるかな~

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お多賀さん。この数年万灯祭とか行くことなくいわば私なりの「夏の風物詩」に接すること出来ず寂しいです。仕事以外での夏から秋にかけての私なりの季節など感じる行事と言えばまず初夏の長浜で行われる「夏中さん」、8月初旬にある「彦根花火大会」と「彦根総踊り」やこの「万灯祭」。そして夏の終わりの「木ノ本地蔵尊」なんです。で・・・多賀大社の事言や帰宅して確認したのが

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昨日JAのY君が持ってきてくれた近江神宮の初穂米。疑問なのはなぜに近江神宮なのかと思っているんです。聞くところによると半世紀ほど前から初穂米は近江神宮と決まっているそうで農協関係の「大物」が決めたとか決めていないとか・・・ 

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いつもうれしいのはこのお店。私の若いころどころか幼いころからあるお店です。彦根育ちの私がこのお店知っているのには理由がありまして 、この近くにNさんという私の母が懇意にしていた方がおられよく幼いころ訪ねて行ったときこの近くのバス停おりて母にジュースをねだったりしまして、そんなことから妙に覚えているというか思い出あるんです。1980年代から90年代、この近くにコンビニが数店舗出来ましたがそんなときでもなぜか私はこのお店でちょっとしたもの買っていました。結局その近くにあったコンビニは全てやめられ結局地元に密着したこのお店が息長く商売続けておられます。

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この中華料理屋さん、元の元はうどん屋さんでして当時よく納品させていただいていました。彦根駅前田中ビル近くにあった中華料理屋さんのオーナーのお兄さんでもいらっしやり、当時いろんな面でお世話になっていました。

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私の仲人でもあり包材、厨房機器などでもお世話になっている坂商さん。社長のバイク好きはなかなかのもので特にレトロなバイクなどマニアの間でも有名です。と、書けばたいがい初期のCB-750とかZ-Ⅱあたりが思い出されると思うのですがもちろんそれも所有しておられますが初期のモンキーなどもありますしもっとすごいのはW-1、それよりすごいのはCB-72まで持っておられることなんです。この記号で興味ある方は大体お分かりと思います

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ここ・・・道の駅できるのかな~

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餃子の販売。思わず買って帰ろうかと思いました。前にも述べたよう餃子って個人商店で6ヶ入り一人前のが100人分(ただ個人商店の場合350円売りくらいですが)毎日出たらそれだけで十分生活できますし、200人分とかが出たときなど1年後高級車が帰るとまで言われたりしています。しかしながらこの滋賀では1日200人分を毎日それも一年間ずっとなんてのは無理と思います。でもある意味飲食店では魅力的な食品です。ちなみに餃子の儲かる根拠は餃子マシーン製造メーカーの利益率算出に基づくもので粗利益率75%をもとに350円×0.75×200人分×25(月の営業日数)×12ヶ月→ 1575万円・・・人の財布計算したり妄想していても仕方ないか・・・

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しかし寒かった~14度ですもん

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彦根市内にはこういったのが

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井伊関連、大河ドラマの影響を日本で初めて実感したのは彦根市民じゃないかな?と、言いますのもこのドラマの初回は花の生涯という彦根城主が主人公でして、この放映後どれほどの観光客が押し寄せたか・・・幼い私は今も覚えています

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このお店も何度となく入れ替わっていますね

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この時点でこの時間

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やっとこさ19度・・・今現在10月6日10時。ちょい投稿はここまでにして後から続きかきます

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 10:24:48  コメント (0)