今年最初の小ネタ

こういう言い方で次は「今年二回目の・・・」ってな感じで乗り切ろうかと思っている寛珍です

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ご存知のブランドですね。いろんなコーヒー関係でそうした豆などの販売する問屋さんのことを我々は「焙煎問屋」と言っています。1980年代頃はこの専門問屋さんが結構ありました。時はバブル全盛のころとある焙煎問屋さん、かなり儲かっていて社長さんも余裕ある生活なされていました。マージャンなどでも親しい人といつも興じておられ「豆って当たったらあんないい生活できるんだなあ~」と思っていました。ところがこの麻雀で親しくなった人と運転資金を融通しあうようになり、一番怖くてやってはいけない「融通手形」、略して「ゆうて」をやってしまわれたんです。これは何かといいますとAさんとBさんがが資金に困って互いに相手に向け手形を発行する。例えば1000万円としますと互いに1000万づつ発行してすぐに手形割引しにゆく。そうすれば手形にランクあるが700万円とか600万円と言う現金を互いが手元に出来ます。しかし元々資金に困っている者同士だと当然期限がきてもその発行した額面を銀行に入れること出来ないわけです。割り引いた所が銀行などでしたら良いがそうでないところだとすんごい金利のっけて催促に来る。最初は「ジャンプ」、すなわち期限を延ばしてくれと言って何とか時間稼げるが徐々にそうはゆかなくなる・・・そうすると互いがバンザイしてしまうということなんです。もちろんこの写真の会社とは何ら関係ないのでお間違えの無いように。ちなみにそうして万歳した時に債権者の会議があるわけですが、いわゆるどうすることも出来なくなった手形を持って会議に現れる方々がおられます。こうした手形、まるで水の中から引き上げるようなのに例え「サルベージ」って呼んでいる方もいらっしゃいます。「わしゃこんなんつかまされたっ!言うたら被害者や!」とまくしたて手形額面の数倍にも及ぶ財産(土地家屋や動産など)を持ってゆくのもいます。元々我々食品業界ではあまり手形はなく、現金渡しか振込、加えて小切手くらいなもんなんです。私の場合得意先が大きくないいわゆる個人商店なので現金が大半(あとは振込)なんです。

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体温計。現在はこうしたデジタルタイプのが中心ですね。ひと昔前は水銀が入った体温計でした。私、知らなかったのですが昔の体温計で37度のところに赤い線があるので37度が発熱の境目だと思っていたら50年前の日本人の平均体温は36.8度だったらしく熱が出たとかでないとかの基準ではないそうです。で、このオムロンと言う会社が1980年代半ばに電子血圧計を販売し始めたころ私は彦根にある松下電工健康機器事業部(現パナソニック) でアルバイトしていてこの血圧計がオムロンさんからも出ました。わが社もあちらさんに負けないよう製品の不備のないよう心掛けてくださいとO細班長さんが言っておられましたのを思い出しました。また血圧計は2階で製造していたのですが1階は按摩器を作っておられ、確か「EP-560」ってなのがよく売れて製造が追いつかないと言われていたのを懐かしく思い出しました。当時は省エネの一環で2000ccのエンジンのついた車、社員はできるだけ乗って通勤しないようにってな時もありました。ただ、その頃のみのルールだったと思います。体温計でよくずる休みしたい子など何かにこすりつけ温度を上げたりしていたのもいました。ところが温度上げすぎお母さんから「あんたの体はあんかか!」と怒られていたのもいました。あんか・・・豆炭が中に入っているタイプのでして昭和のころには結構各家庭でもあったんですよ。

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 16:50:14  コメント (0)