びこぼこぶろぐ

Archive for 12月, 2014

いよいよ今年も

12月 31st, 2014

今年も残すところあと数十分。いろんな事があった一年でした。締めくくりは我連中での神社、お寺の参拝で「しめ」ました

西郡神社への参拝と「宮世話」さんへの挨拶。昨年のこの時は実母他界の関係で参拝はもとより躰光寺と実家を行ったり来たりでした。こうして参拝して宮世話さんに挨拶すると「あ~今年もあと少しで終えるんだな~」と感じました。

引続き場所をお寺に変えてのお参り。「重鎮」がおられ、お参り直前は今年の出来事を話し合ったりしておられます

住職のご長男も東京から帰って来られ弟さんとのタッグで今後の弘誓寺を盛りたてて下さることと思います。ちなみに別に剃髪しておられるわけではありません。
 
始まったお勤め。年末はあまり人がいるわけではないので私たちのようなまだ「若い」ものも椅子に座って・・・この一年、御近所の方、従妹も含む親戚、お得意さん方がお浄土に行かれました。振り返るとあの方、この方のいろんな思い出が思い浮かんできます。もうすぐ2015年、来年は仕事でも変革がありそうな年の予感がします。皆さんもどうぞよいお年をお迎え下さい・・・ちなみに明日、元日の投稿も同じことする関係でよく似た画像がUPされると思います・・・こうして大晦日、元旦を迎えてはや17年。このように変わり映えしない事こそ幸せなのかもしれませんね

ぼさぼさでは・・・

12月 30th, 2014

今年もあと2日となり、髪があまりにボサボサになっていたので、

息子の友達の御両親が経営されている能登川駅前の床屋さんにカットしてもらいにいきました。
やっとすっきりして新年をむかえられそうです。
ついでに能登川駅前の商店街も通ってみました。

もうお休みに入っているのかなぁ、食品を取り扱っておられるお店がほとんどない為人通りはほとんどなく、帰省した人をむかえに?急ぐ車が通って行ったりしてました。

今日もそうでしたが明日もどら焼きを焼く予定でして、どら焼きを焼きつつ今年もいろんな事あったなあ~ってなこと思い出しながらUPしています

冬場の幹線道路の風物詩にもなっている

かにの販売風景。遠く新潟からくる業者さんもおられました。

今はこうしたお店が冷凍のカニを安く販売したりしていますね。私が生まれて間がない頃両親がかにをたらふく食べその後寝る前母乳を与えられた直後全身発疹のようなものが出来、冬場医者に駆け込んだそうです。この事実、なんと先週実家で父親から聞かされるまで知りませんでした。そういや結婚して夫婦でこのお店で買ったかに食べて体がかゆくなり「あの店の物が悪いんだ」ととんでもない事言っていたのですが、あの時店にクレーム言わなくて良かった~

このお店も正月の2日にオープンと言うことで皆さんスタッフの方々頑張って準備しておられるようです

そう言やこの会社、伊那精器から名が変わっていたんですね。で、この会社のグループって無茶苦茶でかくトステムとかイナックス、新日経、東洋エクステリアなどのグループ企業を抱え売上高1兆円、社員数6万人と言うモンスター住宅機器メーカーグループなんです。

久しぶりにかまどやの配送トラック見ました。以前・・・もう10年くらい前になるのかな~彦根は中央町にかまどや中央店があり、ここのオーナーさんとは懇意にさせて頂いておりました。今だから言える(本部仕入れが原則な為今まで黙っていた)のですがちょっとした漬物やお買い得品をよく買っていただいたりしておりまして この本部のトラックが来たら逃げるように帰ったりしていました。ちなみにこのかまどやはほっかほっか亭につぎ第二位のシェア―かありまして、ほっかほっか亭の店舗3450の内2087店ががほっともっとに転換した為一時シェア―No-1になったことがありました。ちなみにかまどやさんは2300店舗です。テイクアウトの弁当業界、とあるお店のオーナーさんが「コンビニの弁当が今の主流なのかな~」とつぶやいておられましたが、なるほどコンビニの弁当の質も昔とが比べ物にならないほどですもんね

去年もそうでしたし、今年も5月まで神崎組仏壮連盟の役員していたのでこのお店に記念品などを買いにたびたび寄せて頂きました。神崎組仏壮連盟の一番大きな行事、本山研修をしたのも今年の一月でした。で、この本山研修での食事、昨年は食堂が食中毒出しててんやわんやだったそうで、今年一月に行った研修寺の食事は食堂の業者が変わっていました。この食中毒、我々仏教徒にとってもへんてこな縁がありまして、お釈迦さん、実は亡くなられた原因が食中毒だったそうです。親鸞さんは浄土真宗の開祖かもしれないが仏教の開祖と言えば釈迦(ゴータマ・シッダールタ)。ある日釈迦が果樹園で休息をとっていると弟子の一人鍛冶屋のチュンダが挨拶に来て自宅に招いて食事をふるまったそうなんです。釈迦さん、数々の料理の中からスーカラ・マッダヴアという料理を口にした直後腹痛に襲われ死に至ったそうなんです。この料理、豚肉料理だったともキノコ料理だったとも言われていますが釈迦さん、死に際「チュンダを恨んではいけない」と言い残したそうです。そうした食中毒、我々仏教徒の開祖の死因だった事を思うと本山での中毒騒ぎ、結びたくない縁を感じました。 

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