ぶらり能登川言い伝え・・・

配達で能登川をぐるりと回る事があり、各町のお客さんの所へどら焼きを届けたりしておりました。昔からある集落にはいろんな言い伝えなどがあるところもあります

dscn1885.jpg

能登川駅近くにある垣見町。近年の開発ですっかり「町っ!」てな感じになりました

dscn1886.jpg

町内にある「湧水公園」。ご近所の方の憩いの場でもあります

dscn1887.jpg

この公園にある池の名は虚無僧池(こむそういけ)と言いまして、名の通り僧侶が関係する池なんです

dscn1895.jpg

500年ほど前の話、織田信長に攻められた垣見城の若殿が虚無僧に姿を変えて帰ってきたら故郷はぐっちゃんぐっちゃん。あまりの悲しみに身を投げたといわれる池なんです。

dscn1888.jpg

500年後発展している垣見町。当時の若殿はっ天国からどのように見ておられる事かな?攻められた垣見と攻めた安土、今の能登川見て「うちは快速電車停まるわ~い!」ってなこと自慢してたりして

dscn1891.jpg

阿弥陀堂と言うこの町。阿弥陀様に縁のある町でしてす。そういや関係ないが「阿弥陀堂だより」ってな映画あったなあ~

dscn1896.jpg

400年ほど前に堂が池から阿弥陀様が見つかったそうなんです。そしていつしかこの村の名も「阿弥陀堂」となったそうです。ちなみにこの見つかった時期より100年ほど前に垣見の若殿が池に身投げされたという事になりますし、この阿弥陀様が見つかった頃彦根城が出来た頃と思います。

dscn1894.jpg

種町。この町にも言い伝えがありまして

dscn1897.jpg

蒲生氏郷(がもううじさと)氏に攻められそうになった種村氏の領民が「蒲生が来るぞ!」と恐れたそうなんです。いつしか蒲生が「がおう」になったそうなんです。がおうと言ったらイメージ、他界された映画俳優「我王銀次(がおうぎんじ)」さんを思い出します。話脱線しましたがこの蒲生が来るぞと言う言い方、今では同じ東近江市になり「蒲生と一緒だよ」と友好を深めたいものです

Filed under: 湖国・近江だより — admin 19:16:45  コメント (0)

雨の後の晴れ

昨日とうって変わって今日は晴れて暑いのにもかかわらず気持ちよくさえ感じます

dscn1875.jpg

配達で湖周道路向かうとある道路。左側にある町は栗見新田町です。

dscn1874.jpg

時刻は朝10時。約12時間ほど前もこの道路を

dscn1863.jpg

雨の中走っていました。昨日は神埼組、仏壮連盟幹事会で各打合せの為に向かっていました

dscn1866.jpg

準備風景。今年ほどお寺に行くことの多い年はないです

dscn1868.jpg

まずはお勤めから。とにかくみなさんご年配の方ばかりで勧業集見ながらってのは私ぐらいでした。

dscn1870.jpg

ほんと毎回緊張する会議です。議題はグループ研修についての日取り確認、来年行われる本山研修、又その合間にある各行事の詳細についての報告等でした

dscn1867.jpg

組長(そちょう)さんと会長さん。各いろんな打合せを入念に行っておられます

dscn1877.jpg

昨日の事思い出しつつ帰宅する途中に目にした日本電気硝子さんの社宅。このほど取り壊されることになったそうですが、この建物には妙な縁があるとう言うか思い出があります。ずいぶん若い頃少しだけ設備屋におりましてそこの営業していたことがありました。その時請け負ったのがこの建物で空調と給排水を受注していました。私は技術的な事は分からなかったですが当時日本電気硝子さんは「年4倍成長」などと謳われていた時代で、この場所の他丁野にある社宅なども受注したりしていました。ダイキンのエアコンを取り付けたりの日々でしたがいつも職人さんに任せてぼけ~っとばかりしていました。

dscn1879.jpg

そして消防設備について出来上がったからと職人さんい言われるがまま写真撮ってしまいってな毎日でした。でも現場責任者との打合せだけは毎日ありそれがだいたい昼。打合せが終わると弁当食べていました

dscn1878.jpg

そんで昼寝と言う事でこの神社でいっぷく。まさか30年後この神社の氏子になろうとは夢にも思いませんでした。もうひとつびっくりがあり、7月など休み近くになると給食もなく昼頃帰る小学生たちがいたのですが、その中に今の妻がいたのもなんだか妙なものです。妻は「昔おっさんたちがよく神社で昼寝していた」とのこと・・・・おっさんって・・・今やそのおっさんの妻やんけ

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 12:48:30  コメント (0)

夏といえば

学生さんたちにとって楽しい夏休みが始まりましたね

dscn1823.jpg

そうなると親として知らんぷりできないのが「自由研究」です。そいうや私も母親に手伝ってもらったのを思い出しました。で、そんな親の過去があるのに子供には「自分でしろ!」と言ってはみたものの・・・最初稲の育ち方を勉強する予定だったらしいのですがすでに昨年学校で習っていたらしくやめたそうなんです。実は下書き見てびっくり「お父さんはいろいろな管理あまりしないのでおじいちゃんに聞く事にしました」とか「植えた苗はお父さんはいつもぐにゃぐにゃでおじいちゃんやおばあちゃんはいつもしかめっ面」こんなん稲の育て方についてじゃなく婿の育て方の話やんけ。と、言う事でバジルと言う食物の研究する事になったそうです。

Filed under: 美湖母湖モノローグ — admin 17:27:18  コメント (0)