肥田城

彦根市内稲枝地区肥田町に今から450年前に「肥田城」という城がありました。この城の城主は高野瀬秀隆さんでして、この殿さんが浅井賢政(後の長政)に付いたことにより、裏切りを知った六角義賢(よしたか)がプチンと切れて戦った野良田合戦の舞台になった場でもありました。

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肥田町公民館横にある肥田城跡の石碑です。で、この戦いの特徴は「水攻め」でして、宇曽川から水をこの城に引き込んで攻めようとする戦いでした。

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城があっただろうと思われる場所からカメラに収めた宇曽川堤防です。この戦い、今年でちょうど450年(記録では永禄3年・1560年にあったと記されている)になりますが特筆すべきは豊臣時代の戦法、日本3大水攻めよりも先行してこの手法が行われていたことです。

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宇曽川の堰をきっての水攻め、結局六角さん失敗に終わったそうです。その後の戦いで元々六角義賢から一文字とっていた浅井賢政はばつ悪い(?)という事もあり(これ・・・私の勝手な推測)賢を長にして長政にしたそうです。

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