湖西

湖西方面への配達などしつつの一日でした

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好天で、湖西方面を走っていても気持ちよかったです

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白髭神社の前での観光客の様子を撮った写真。自分ながらうまく撮れたなあと思っています。さて、来週の今頃は「ふれあいナイトの準備段取り中です。夏の終わりのイベント、夏バテの老体むち打ち頑張ります

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台風一過

昨日の夜は少し激しい雨が降ったりしました

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うちの田んぼも少し「こけかけて」いました。確か今年度からこうした稲などの被害に応じた保険のいわゆる「窓口業務的なもの」、M君からM君へ(多分集落の人ならお分かりと思う)変わられ前任のM君はひと段落と思います。その分後任のM君は3年間頑張ってほしく思います

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この工場でアルバイトしたことがありまして、かれこれ40年ほど前の事なんですが、サントリーの工場の新築に伴う鉄骨の組み立て補助のようなことしていました。汗だくでの仕事でしたが頑張りがいのある内容でした。当時の気温なんてなのは知れていて「今日は30度だぞ、体に気をつけてな」なんて言われていました。工場内が暑くてもせいぜい32度行くか行かないか。今なら35度の気温で工場内38度以上なんだろうなあ~

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このバックミラーに写る集落にNさんと言うお世話になった方がおられ、世間の「いろは」を教えてもらった人でした。と、書けば聞こえ良いですが毎日飲みにつれて行かれうんざりでした。1円もお金出すことないので友人は「いいよなあ~」なんて気楽なこと言っていましたがスナックとかで先輩方が歌う演歌の合いの手打たされたり「 銀座の・・・」の時はホステスさんと歌っておられる先輩の「よいしょ」したりでちっとも楽しくなかったです。んで、若いホステスさんとおしゃべりして盛り上がってたら「この日この夜のこの時間を楽しむように」なんて相手はお話のプロだからと冷や水みもらったりでした。そんなこと言われたり疑われるならとむすっとしていたら「ヤンキー上がりちゃう?」なんて言われたりしていました。でもね・・・そんな説教していた先輩、いつも連れて行かれていたママさんと結婚されてこの集落にご両親と同居(昭和60年代)して住んでいたんだから今から思うと説得力無い先輩だったなあ~

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運転して向かった先は同業の方の会社、とある品を引き取りに寄せていただきました。お盆の中でしたがその会社の支店長さんがおられ品を分けてもらうことが出来ました。お盆は誰もいず、この写真にも写っています「猫」がうろうろしている程度です

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最近廃業されたガソリンスタンド、まずは電気の配線か何かの撤去なのかな?

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お盆で忙しいさなかにサービスエリアの営業が休止って・・・大変なことですよね。こうした背景に経営不振とかもあるようですが、とにかく食品関係で経営がうまくいかなくなると決まって出入りしている業者に支払いの延期を申し出るようになり、立場弱い業者はその支払い延期という条件を飲まざろう得なくなったりします。中には私の知る業者仲間など「これ以上納品しません」「そして〇月〇日までに振り込みなかったら法的に・・・」なんてなのもいます。経営者の中には海千山千なのがいて、私の知る飲食店経営者で4店舗経営している人は、国道沿いの本店と大きなスーパーの中のお店は息子名義にし、そのほかの2店舗 は自分名義にしておきじゃんじゃんその2店舗で仕入れを起こし万歳。親子で別々の法人組織にしてあったので息子の方は知らぬ存ぜぬ・・・えげつないのもいました。そうした「小細工」する人などから見たらこのニュースの人物など単純明快な「不愉快さ」のある社長なので白黒はっきりしていますわな

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昨日、護国神社にお参りしてきました。先(さき)の大戦でと反省をしたりする日のようになっていますね。悲惨さは100も1000も分かるのですがこの戦争の 元の原因、すなわちなぜに開戦に踏み切らざろう得なかったのかを検証しきれていなかったように思えて仕方がありません。海外の各国を植民地と歴史では述べられているが、わが国がその国に行くまでの米、英、仏、欄などはどうだったのかと思います。例えば世界史の中で植民地にしたとされている台湾では親日が多いと言われていますが、韓国ではそうではないですね。Y樹くんが昔話してくれたことが印象的でして、「植民地とか併合とかいろんなこと言われるが要は被害国なんだ」・・・理屈抜きで彼の言葉が全てを物語っているようにも思えました。話それるがそのY君のいとこにちょめひこと言う友人がいまして、なんともつかみどころのない人でした。彼、当時通っていたN高校でNo-1の「もの」をお持ちだったそうです。で、彼と女性を巡って恋合戦したのが私のこれまた友人の「はせやん」でして、彼はN高校で2番目のをお持ちでした。そんなことで下世話な笑いに していましたが結局その女性は現はせやんの奥さん、10年ほど前民主党政権時、事業仕分けで蓮舫さんが「2番目じゃダメなんですか?」と言うセリフが有名になりましたが、このセリフ聞くたびにはせやん夫婦思い出します

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お盆の行事

毎年14日はお宮さんとお寺参りが恒例行事です

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宮さんへの参拝の後お寺に行くのでお寺参りのセットも持ち歩いています。三期米戸言うのも支払う段取りしております。この「スリー・ポインテッド・ライス」ですが、昔はほんとに米をもってお寺に行っていたそうで、 現在でもお米を持って行かれる集落もあるそうです。

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宮さんに参拝しそのお宮さんのお世話される方々への挨拶を終えた後の様子。昔から住む方々が「氏子総代(昔は区長が総代兼ねていた)より宮世話さんのほうが年上になる時代が来るとは思いもしなかった」との事です。

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神社の後に向かったのはお寺

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庫裡にあるお仏壇にお参りし

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住職をはじめ、各役員さん方にご挨拶し先ほどの三期米を納めたりしました

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写真右側におられるのは住職の奥さん。業界(?)では「坊守」なんて呼ばれています。私が婿に来た時は「若奥さん」と呼ばれておられました。ご長男さんが結婚されたこともあり、その若奥さんは「しんぽち」さんの奥さんになられました。現在は3人のお子さんのおばあちゃんされている現住職の奥さんなんですが、呼び方で気になるのは住職のお母さまで皆さんどう呼ばれているのかなあと思っています。このお子さんのお母さんを若奥さんと言うならやっぱ住職のおくさんを「坊守さん」と呼び、住職のお母さまは「大奥さん」なんて言うのかな?まるで旅館の女将さん、大女将さんみたいないい方になりそうです 

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甘入りの始まる手前の様子。20年ほどの間にお参りされる方 の人数が半分くらいになってしまいました。本山への登録上うちのお寺の檀家数は98(平成25年度)となっていますが実際は68でした。現在は60を切っているのあいゃないかな?

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住職登場。

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続いて歌舞伎の二代目襲名予定の人とかそのお子さんってな感じで登場。しんぽちさんは気さくな方で先日の「葉刈」の時もいろんなお話させていただきました。

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その時期住職の何番目かのお子さん。元気いっぱいです。

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最後は領解文を皆で声を出して終わりました。これをしているお寺は少なく、義母の実家の福堂町の住職もしておられました。他はあまり記憶ないですが、元々親戚のお寺と言ってもそこのお寺くらいしか知らないし、あとは私本人の知るお寺くらいです。家内の祖母他界の時そこのしんぽちさんもお参りの来られていたのですが、 袈裟着た人で中々の色の髪の人見たの初めてでした。んなことつぶやきながら昼から彦根の実家でのんびりしていました

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